打楽🐷ぶ〜ろぐ

打楽器愛好者、曲淵俊介の身に日々起きる、打楽器に関する小言

クォドリベット

先日、ある楽曲の日本初演の機会があった。

イタリアの現代音楽作曲家、ニッコロ・カスティリオーニの「クォドリベット」というピアノと管弦楽の作品だ。

 

恐らく知らない方がほとんどだと思う。僕も今回初めて耳にする楽曲となった。

クォドリベットとは、「異なる複数の旋律を同時に演奏する形態の楽曲」を意味する。まさにその名の通り、曲全体を通して異なる旋律がぶつかり合い、時には偶然的に共鳴しながら演奏されていく。

 

今回のソリスト(ピアノ)は高橋悠治氏。言わずとしれた現代音楽界のレジェンドだ。

82歳という年齢だが、オーケストラをバックに演奏するということで、リハーサルが始まる前からワクワクが止まらなかった。。

 

・Quodlibet/Niccolò Castiglioni

1楽章はオーケストラとピアノが全く別々の展開を行っていく。まるで環境音のように(カスティリオーニは自然を愛で、その経験をそのまま音に投影することも多かったらしい。。)、ある種無機的に絡んでくる管弦楽が少しずつ集まり、膨らんでいく。最終的に強烈なユニゾンで終わるクライマックスは圧巻だ。

 

2楽章は対称に、ピアノのみによる非常に繊細で静的な空間が形成される。

これをメロディと呼んで良いかどうかは、非常に悩ましいかもしれないが、1音1音が会場に染み込み、混ざっていく独特な音世界は、一度ハマるとやみつきになるのですよ。。。。ちなみに、本番中の高橋悠治氏のこの楽章は特に素晴らしく、音の透明感と、現代音楽のヴィルトゥオーゾとしての類まれなソルフェージュ力、和声感、百戦錬磨の中で築かれた間のとり方など、どれを取っても超一流だった。たった2分ほどの楽章に、高橋氏の歴史が全て詰まっていたとさえ思わせる程。息を呑む一時となった。

 

3楽章は個人的に最もクォドリベットという名にふさわしい楽章に感じた。

というのもスコアを眺めれば眺めるほど複雑で、同時並走するメロディの数も尋常でない。とても聖徳太子レベルじゃないと聞き分けられないんじゃないかな?という感じ(聖徳太子にはあったことないけど😏)。

当然、不協和音に不協和音を重ねることになるのだが、音のベールに包まれているような、心地よい世界観が広がるのが不思議だ。

 

 現代音楽はハッキリいって難解だ。この曲をお聞きいただいたとして、名の通った交響曲や協奏曲みたいに興奮したり、涙したり、共感したりすることはできないかもしれない。だが、聴き方によっては新しい発見や感動がある。

細かいことを抜きにして、シンプルに音(音素材)を全身に浴びるのは、現代音楽の特権だと僕は思っているので、今回はとてもいい経験になった!

高橋氏の音が、芸術劇場の天井に登り、ホロホロと客席に降り注いでいくのが今でも思い出される。魅力的な音は目に見える。やはり生音に叶うものはない。そんな風に思ってしまった。

 

なんて一丁前に語っているが、僕の出番はウインドチャイム。とても大事だが、さて何楽章のどこにいるでしょう?

 

いえいえ、数小節でも立派な仕事なのです(、と思い込みたい)。

これはきっと、打楽器奏者あるある🤐🤐🤐